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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和34年(う)245号 判決

控訴人 被告人 浜松秀二

代理人 島崎良夫

検察官 山崎金之介

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴趣意は、弁護人島崎良夫提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

事実誤認の控訴趣意について。

原判決挙示の証拠を綜合すると、被告人は自動車運転者であるところ、昭和三十三年十月十八日午後八時過頃、自動三輪車富六すー四九七〇号を運転し、県道三日市宇奈月線を西進し、富山県黒部市三日市三千百十番地映画館銀映先にさしかかつた際、右自動三輪車左側後部を歩行者北山くさ及び同岡田きえ子に接触させてその場に転倒せしめたこと、因つて右北山くさは頭部打撲による頭蓋内出血により翌十九日午前一時二十五分頃死亡し、右岡田きえ子は加療約四週間を要する腰部挫傷を負うたこと、及び右両名を転倒せしめた際被告人は被害者の救護その他必要な措置を講じないで操縦を継続し立ち去つたこと、を肯認するに足る。所論は、原判示第二の事実について、「道路交通取締法第二十四条第一項第二十八条第一号所定の犯罪が成立するには、運転者に自己の運転する自動車の交通に因り人を殺傷した事実の誤認が必要なるところ、被告人は、本件事故当時偶々飲酒により注意力ないし判断力が散漫であつたため、被害者に対する接触を感ぜず、被害者岡田きえ子の転倒に気付いたが、それは同人が待避の拍子に自ら転倒したものと誤信し、操縦を継続したもので、被告人に殺傷したことについての認識がなかつた。」旨主張する。そこで道路交通取締法の各規定を検討するに、過失犯をも処罰する明文はもとより、過失犯処罰の趣旨が認められないから、車馬等の操縦者等が同法第二十四条第一項、同法施行令第六十七条第一項によるいわゆる緊急措置の義務に違反し、同法第二十八条第一号の処罰の対象となるには、これ等の者が交通事故に因り人の死傷又は物件の損壊を生ぜしめたことについての認識を必要とするものと解すべきこと所論のとおりであり、当該操縦者等に、その認識がない以上、認識しなかつたことについて不注意による廉があつたとしても、又操縦する車馬等が人又は物件に接触し若しくはこれを転倒せしめたことのみについての認識があつたとしても、人の死傷又は物件の損壊を生ぜしめたことについて認識がないかぎりその操縦者等に対し緊急措置の義務を負わせ、引いては右法条による刑事責任を負わせることはできないものと謂わねばならない。

ただしここに言う認識は、交通事故に因り人の死傷又は物件の損壊についての確定的な認識を必要とするものではなく、右事実についての不確定又は未必的の認識があれば足りるものと解すべきである。そこで本件についてこれを観るに、原判決挙示の証拠中、被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書、浜松幸子の検察官に対する供述調書並びに原審受命裁判官の証人浜松幸子に対する尋問調書を綜合すると、被告人は、自己の運転する自動三輪車の交通に因り、本件被害者両名及び自転車を路上に転倒せしめたことについては、当時十分なる認識があつたものなることを認め得べく(もつとも被告人は、自動三輪車の接触によるものでなく、急にハンドルを切つた時のあおりによるものであると供述しているが、被告人の運転する自動三輪車の交通を原因とすることに変りはない。)被告人の検察官に対する昭和三十四年三月七日付供述調書中に、「私の車で二人を倒したので打撲症でも受けたのでないかと思つた」旨の記載(記録百四十二丁裏)及びその他原判決挙示の証拠により認め得る、本件事故現場はアスフアルト舗装道路上であること、被告人は前記自動三輪車を運転して当時時速約四十粁で被害者等の傍を通過していること、被害者等はいずれも歩行中の婦女であること、負傷の部位程度(一人は五時間後に死亡)、並びに事故直後の被告人の行動等を綜合すると、被告人は少くとも被害者等に傷害の結果を生ぜしめたであろうことの未必的な認識があつたものと認定するに十分であり、数時間後の北山きくの死亡についての認識がなかつたとしても、被告人の救護義務に毫も消長を来すものでないことは多言を要しないところである。しかるにその義務を尽さずして事故現場を立ち去つた本件においては、前記各条項による罪責を免れ得ず、原審が被告人に対し原判示第二の事実を認定したことはまことに相当であり、原判決には所論の如き事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

量刑不当の控訴趣意について。

記録を精査し、被告人の性行、経歴殊に道路交通取締法違反等の前科の存在、本件犯行の態様、結果その他量刑に影響すべき諸般の情状を綜合するに、被告人に対し禁錮六月の実刑を科した原判決の量刑は相当であつて重きに失するものとは認められない。所論の諸点については十分なる検討を遂げ、その結果を考慮に容れたが、未だもつて原判決の科刑を変更すべき事由ありとなすに至らない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義盛 裁判官 辻三雄 裁判官 干場義秋)

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